あのボケ、何回出てくんねん

Tsukasa OISHI

今月からおこづかいを週払い制にしてもらいました。アメリカ人みたいでしょう? ぼくはだいたい計画性などとは無縁の男であって、お金はあればあるだけ使ってしまうほうです。お小遣いが100万円あってもすぐに使ってしまう自信があります。なので週単位で分割してもらえたほうがぼくにとってもメリットが大きい。どうしてこんなに計画性がないのかというと、若いころはそれでも不自由なく暮らせていたからです。会社の寮に入っていて、光熱費は無料だし寮費はすごく安い額が天引きされて寮のご飯も食べられる。会社には食堂があってこちらも天引きで好きなものが食べられる。なので、給料はまるまるお小遣いだったのです。ゲームもCDも本も、好きなときに好きな分だけ手当たり次第に買っていました。お金には全然苦労してなかったわけです。若いうちにこんな生活をさせちゃいけない、と自分を棚に上げていう大人がこうして誕生します。

今朝、しろさんが放置されているバケツの汚い水を飲んでいました。ちゃんときれいなステンレスの器に水を入れているのですが、そちらにはあまり手をつけません。はちょっと汚いくらいの水のほうが好きのようです。午前中に偏頭痛がきたのでイヴさんで乗り切ります。

まだ昨日のコンサートの余韻が残っていて困りもの。困ってはいないのですがいってみました。今日はサントリーホールでチャイコフスキーをやっているようです。昨日、危うくまたチケットを買ってしまうところでした。クラシックのコンサートは初めてでしたが、意外とみんな咳をしたりパンフレットをがさがさめくったり落としたりします。どじっ子でしょうか。おかげでちょっとリラックスできました。
チャイコフスキーの前に、松村禎三という人の「管弦楽のための「前奏曲」」という曲と、武満徹という人の「遠い呼び声の彼方へ!」という曲の演奏がありました。どちらも全然わからなかったし好きにもなれなかった。特に、「管弦楽のための「前奏曲」」のほうは非常に人を不安にさせる曲で、聴いていて冷や汗が出たし目眩もしました。駅のホームでは絶対に流してはいけない曲でしょう。でもその不安にさせる力はすごかったですね。また聴きたいとは思いませんが。どうしてあんな曲を作曲したのか不思議です。ペートーペンやチャイコフスキーを聴いて、こんな曲をぼくも作りたい、と思う気持ちなら理解できますが。

今思い出すと交響曲5番第2楽章のホルンのソロがとても美しかった。ホルンの人は指揮者の人にも褒められていました。そういえば「遠い呼び声の彼方へ!」のほうは演奏の後、ヴァイオリンの人が、拍手の中を何回も舞台袖に消えたり現れたりしていました。「何回出てくんねん」とユルさんと話していましたが、そういうしきたりだったりするのでしょうか。不思議です。交響曲5番が終わったときも指揮者の人が出たり入ったりしていましたが、「何回出てくんねん」とは思わずに拍手を続けていたのでこういうものなのかも。すごく演奏がよかったので余韻にひたりたかったのに、曲が終わったあとにすぐ拍手しちゃうのはやめてほしいものです。